ちぐはぐなティータイムこそ似つかわしい


「足りないね」
「足りないな」
 幽霊棟の食堂では、6人の学生がテーブルのまわりに集まって何事かを思案していた。みんなそろって、2客のティーセットを見つめている。
「つーかなにこの高そうなティーカップ」
 久保谷瞠はおっかなびっくりといった様子でティーカップを手に取った。可憐なバラ模様があしらわれた縁の薄いティーカップは、少し無骨な手の中ではいっそう華奢に見える。
「僕のだよ。実家から送られてきた。気に入らないのなら君は使わなくてもいいよ」
 茅晃弘は無愛想にティーセットの出自を告げる。彼の実家にはお歳暮やお祝いなどの名目で、このティーセットと同じくらい高級な食器がいくつも贈られてくるのだという。
「謹んで遠慮させていただきマス」
 辛辣ともいえる茅の言葉に、久保谷は引きつった笑いを返す。その顔には「あーまた俺は余計なことを…」という表情が浮かんでいるようだった。

 つい先日引っ越してきたばかりの幽霊棟には、まだ食器がきちんと揃っていない。
 ミルクティーにぴったりの美味しい茶葉を貰ったという辻村が、ちょうど6人揃っていた幽霊棟の友人たちに紅茶を淹れようとしたのが始まりだった。が、肝心のカップの数が人数分には足りていない。そもそも寮ぐらしの高校生男子が6人いたとして、ティーセットが揃っているほうが珍しいのかもしれないが。
「僕はこれ。いっぱい飲める」
 和泉咲はそう言って、一番大きなマグカップを手にとった。この大きさなら一人分どころか二人分は入るだろう。
「紅茶なんだからティーカップで飲むのが普通だろう」
 辻村煉慈は飲み物にはそれぞれ相応しい器があるだろうと主張する。彼は自分の淹れた紅茶を、作法に則って味わいたかった。
「俺もマグでいいかな。カップは辻村と茅が使いなよ」
 白峰春人は気遣いを軽い仕草で隠し、真っ白なマグカップを手にとった。学生寮にいた時から使っていたシンプルだけれど飽きのこない品だ。
「俺もマグカップなー。ティーカップじゃ物足んねーし。噛んだら割っちゃいそうだし」
 御影清史郎は交わされていたやりとりを気にした素振りもなく、自由気侭に自分の希望を伝える。落ち着きのない彼がティーカップでお茶を飲む光景というのは、確かにちょっとアンバランスな感じがした。
「噛むなよ!」
 間髪入れずに辻村から辻村からツッコミが飛んで、呆れと慈しみとが合わさった笑い声があがる。
「カップが割れるのは構わないが、噛んだら口の中が切れて痛いんじゃないかな」
「そういう問題じゃないでしょ……」

「つーかさ、清ちゃんこないだ自分の割っちゃってたじゃん」
 少しいい出しにくそうに久保谷が切り出すと、清史郎は思いきり「しまった」という顔になった。
「あー!やべー忘れてたー」
「俺の貸してやんよ」
「サンキューなー瞠」
「ちょっと、それじゃ瞠が使うのがないじゃない」
「べつにいいっスよ。俺今そんなに喉乾いてないし。なんなら清ちゃんからもらうし」
 なんでもないことのように久保谷は言って、いたずらっぽい笑みを隣に向ける。その袖口を、和泉が軽く引っ張った。
「瞠はこれ」
 そう言って、円筒形の器を久保谷に手渡す。
「……湯のみじゃんコレ」
 久保谷は脱力したまま、けれど素直に湯のみを受け取る。濃紺の湯のみに淡いベージュの色のミルクティーが注がれている光景を想像したのか、周りからは苦笑が漏れた。
「きっと味は変わらない」
 慰めにもならないようなことを言う和泉に、久保谷はふっきれたように笑った。
「そーね。一周回ってオシャレかもしれないし?」
「それはない」
「それはないだろう」
 背の高い二人からツッコミが入って、暖かく楽し気な笑いが6人の間に広がっていく。手に取る器はちぐはぐだけど、食堂を満たす空気には一体感があった。

「じゃ、淹れてくるか。大人しくまってろよ」
 やっと決着のついた問題にピリオドを打つように辻村は宣言する。
「なー、こーゆーのなんて言うんだっけ?」
「こういうのって?」
「みんなで茶ー飲むやつ。アリスの帽子屋みたいに」
「お茶会、かな」
「マッド・ティーパーティー。そっちの方が僕らには似合いだ」
「いやいやいや、普通に飲もうよ普通に……」
 こうして幽霊棟のささやかなティータイムははじまったのだった。


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