一人で半歩、二人で一歩


 あーつまんねー。
 あれから伽楼羅は出てこないし。隼人は結婚資金にしろとか言ってみても、動揺するどころか宝くじがどーのとか余裕ぶっこいてたし。
 はあー。ほんとつまんねえ。

 隼人と入れ違うようにして、るーがこっちにやって来た。
 きょろきょろ周りを見渡しながら、何も言わずにさっさとバイトに向かったハクジョーなダレカサンを探している。
「あれー?かーくん、隼人さんは?」
「知ーらない。きっとバイトだろー」
「えー。今日は私がバイト先までお見送りしようと思ってたのにー。もー、せめて一言声かけてくれれば良いのにー」
「お前ら大丈夫?隼人、何も言わずに行っちゃったけど、危ないんじゃない?」
「隼人さんはそういう人じゃないから」
 そうはっきり言い切った目には、強がりでも余裕でもない、穏やかな色が浮かんでいた。
「へー。信じちゃってんだ、隼人のこと。ま、俺には関係ないけどねー。せいぜい捨てられないように頑張れば」
「もー、かーくんの馬鹿!」
 そう言って叩いてきたけど、痛くもなんともなかった。

「ほら、るー。俺が駅まで送ってくから」
「……え?かーくんが?」
 仕方なく隼人のご期待に応えようとしてみたら、るーは思ってもみなかったという顔をする。
「なんだよ。俺じゃ不満なのかよ……」
「ううん。そんなことないよ。ただちょっとびっくりしたというか」
「おまえも一応、生物学的には女だしねー。それに、世の中には子供の方がいいっていう変態ヤローもいることだし」
「うるさいなー。私もう子供じゃないんだからねー」
「あっそ。ほらいくよ」
「あ、う、うん」
 ドアに向かって歩く俺の後ろからは、パタパタと少し慌てた様な音がついてきていた。

 で、駅まで並んで歩いてるわけだけど、お互い慣れないことしてるせいか、喫茶店にいたときよりも空気が硬い。微妙に歩くペースも合ってないし。
 そもそも、こうやってるーと並んで歩いたのっていつぶりだったっけ。
「そういえばかーくん、隼人さんのうちに押しかけたんだって?」
 微妙に気まずい空気に耐えかねたのか、るーの方から話しかけてくる。
「え?あー、まあ、押しかけたというか、拉致ったというか」
「ええええ!?ちょっと、もー、やめてよねー」
「いてっ、ちょ、いたいって」
 るーは俺のことをぽかぽか叩きながら、お会いする前からご家族の心象がどーだのと訴えている。
 知るかよそんなん。てゆーか、そもそもあいつの家族になんて会ってないし。まあ、弁解するのも面倒だからどうでもいんだけど。

「どんなおうちだったの?」
 気が済んだのか好奇心が勝ったのか、今度は質問してきた。
 目を輝かせちゃってまあ、嬉しそうで結構なことだね。
「どーって、閑静な住宅街の中なのに、時代に取り残されたみたいな一軒屋。ちょっと周りから浮いてるのが、すっげーウケたっけ」
「ふむふむ、なるほどー。えーっと、じゃあ目印とかそういうのは?」
「何でそんなことまで知りたいんだよ」
「えーだって彼女としてはちゃんと彼氏の家を知っておきたあそーだ明日もお休みだし、ちょっと訪ねてみようかなー。
 ふふー。隼人さんびっくりするだろうなー。どんな顔するかなー」
「るー。年頃の女の子が一人で男の家に行くなんて、危ないからやめなさい」
「危ないって、私と隼人さんは彼氏彼女のお付き合いしてるんだし、大丈――」
「だから嫁入り前の女の子が、彼氏だからって男の家に一人で――」
「もー、かーくんうるさい!」
 だからそんな叩き方じゃ、ぜんぜん痛くないってーの。

「いいよもー。さっき左右田さんにも聞いたから、大体の場所は分かったし。かーくんに言われたって関係ないもんねー」
「関係ないとかいうなよ――って、っと」
「へ?うわあっ!」
 文句言うことに気をとられて前方不注意になってるるーの肩を掴んで引き寄せた。
 そのすぐ傍を、バイクが爆音で通り過ぎていく。
「チッ。ンだよあぶねーなあのクソバイク」
「あ、ありがとかーくん」
「ほら、余所見しながらふらふら歩くなよ。危ないだろ」
「ご、ごめん」
 慣れない近さに気づいて、お互いぎくしゃくと距離をとる。付き合ったばっかの中学生じゃないんだから、と思ったらなんか笑えた。

 その後も行くだとか駄目だとか、まだ早いとか早くないとか、噛み合ってるんだかいないんだかよくわかんないやりとりをしていると、いつの間にか駅に着いていた。
「かーくん」
「なに」
「送ってくれてありがとう」
「別にー。こんな時間に女一人で帰るのは物騒だから送っただけだし。」
「うん。ありがとう」
「あっそ。じゃーね。くれぐれも怪しい奴にはついてかないように」
「もー。だから私子もう供じゃないってばー」
「どーだか。ほら、電車入ってきた」
「あ、うん。じゃ、またね。左右田さんたちにもよろしく」
「はいはい」
 かーくんもたまには帰ってきなよね、と余計な一言を残してるーはホームへ向かっていった。そのなんだか危なっかしい背中がハコのなかに吸い込まれていくのを見送ってから、俺は駅を後にした。

 はあー。相変わらずつまんねーなあ。……でも、まあ、いっか。


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